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丹那断層 03 [旅行]

静岡県函南町の天然記念物・丹那断層の保存公園から北に2キロ程移動したところにある、「火雷神社(からいじんじゃ)」です。
これらも北伊豆地震(1930年)の時の丹那断層のズレがはっきりと残されている場所です。

神社の階段が2列あります。右側の階段が古い方で、左側が新しく作られたもの。そして、右側(古い方)の階段の右端に被っている逆L字型の長い石は古い鳥居の一部(鳥居全体のの左側の部分)です。ここは、階段と鳥居の間を丹那断層が走っていて、北伊豆地震の際には、階段がある西側が南側に、鳥居がある東側が北側に、相対的に1メートルほどずれたのだそうです。

断層線の説明の図がありました。実物はとても判り易いものです。自然の力の脅威を感じます。
こちらは1981年に函南町の天然記念物に指定されています。

新しい鳥居もちゃんと建っています。森に囲まれた小さな神社、火雷神社でした。

さて、朝からずっと車を運転しっぱなしで疲れました。町内の農協の施設「酪農王国オラッチェ」で腹ごしらえ・休憩します。

ここは駐車場も整備された、ドライブインのような施設です。家族連れが沢山ここで休憩されてました。

いくつか有料のものも含め、動物と触れ合う遊び場が整備されていました。ただ、人間の相手をする動物達は、折からの猛暑でかなりバテ気味に見えました(笑)。
我々はここのビュッフェレストランで1,300円のバイキングでおなかを一杯に。カレーライスや山菜焼き飯、サラダバーなど、まあまあでした。サラダの野菜の種類が多かったです。
このあと、箱根ターンパイク、小田原厚木道路、東名高速道路、首都高速さいたま線経由で帰宅しました。
日帰りドライブ丹那断層を巡る旅、かなりマニアック(笑)ですが、伊豆半島は見所がいっぱいだなと実感しました。

丹那断層 02 [旅行]

丹那断層の公園には1930年に動いて北伊豆地震を起こした断層の実物を、別の視点で見られるものがあります。

これは石で出来た円形の塵捨場だったのだそうです。このほぼ真ん中を断層が通っていたために、地震後の水平の食い違い(横ずれ)が起こったことがわかる目印となっています。約2.6メートルずれているのだそうです。

(一枚目の写真と上下が逆さまになってしまっています。)
昔の(1930年以前に真っ直ぐだった)水路もずれています。


丹那盆地の地形と断層線がどこなのかが判るジオラマもあります。
残念ですが、雨や土が乗ってしまっていて、少々汚れています。

1930年の北伊豆地震の際の被害の様子も写真で残されていました。これは箱根山の様子。地割れが発生しています。地震のものすごさが判ります。
函南町には1,738世帯が当時あったそうですが、394戸が全壊したとのこと。(函南町教育委員会のパンフレットから)

函南町の様子です。いまは水田が広がる盆地です。
断層の動いた跡が判るもう一つの場所に行きます。

(丹那断層の探索はつづきます。)

丹那断層 01 [旅行]

もう9月ですが、いったいいつまで夏空が続くのかと思うくらい、暑い日が続きますね。8月下旬に静岡県までドライブしたときの記事です。

家族の自由研究も兼ねて、丹那断層を見学してきました。

伊豆半島の丹那盆地まで行きました。住所で言えば、静岡県函南町(かんなみちょう)です。ここを丹那断層が通過しています。この断層は、伊豆半島北部一帯に大きな被害を与えた昭和5年(1930年)の北伊豆地震(マグニチュード7.3、震央付近の震度6)を起こしたもので、箱根芦ノ湖から修善寺まで続く、長さ約30キロメートルの断層です。地震当時工事中だった東海道本線の丹那トンネルも、この地震でずれてしまい、断層が発見されるとともに、工事が延びてしまったのだそうです。その後、丹那断層のうち、函南町にある一部の場所が、昭和10年に国指定天然記念物に指定されています。
ここの目玉は、保存された実物の断層を見ることができることです。

「丹那断層公園」として整備された公園の中に、断層地下観察室があります。入場無料でいつでも断層を見ることができます。

近づいて見ると、、、

これが断層なんですかね?たしかに、ずれているように見えます。

さらに近づくと、昭和5年に動いた断層とマークがありました。でも、雑草が生えて来たり、保存が結構大変ではないかと思いました。
この断層は、1000年に2メートルの割合で左横ずれを続ける、横ずれ断層ということです。一度の地震で2.6メートルも動いているとのことですから、そのエネルギーはすごいとしか言えません。

丹那断層の記事をつづけます。

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